「一覧に無い=対象外」ではない——収載名と慣用名のズレで見落とすSDS義務対象物質
SDSの「3. 組成及び成分情報」に書かれた成分名で、厚生労働省の義務対象物質一覧を検索する。ヒットしない。だから対象外——この判断が外れることがあります。理由は、その物質が一覧に入っていないからではなく、一覧に載っている名前(収載名)と、現場やSDSで使う名前が違うからです。
この記事は、名前のズレで見落としが起きる3つの類型と、そのつぶし方を整理したものです。なお本記事は労働安全衛生法のラベル表示・SDS交付義務のみを扱います(他の法令上の扱いは本記事では扱いません)。
結論:一覧で「見つからない」ことは、対象外の根拠にならない
一覧そのものが、名称欄の検索だけでは引けない構造であることを明記しています。末尾の凡例と脚注です。
※3 アルキル基を有する物質のうち、備考欄に「アルキル基の異性体を含む」と記載した物質については、アルキル基の異性体を含む。その他のアルキル基を有する物質については、構造を示す接頭辞がない場合は直鎖アルキル基のみを指す。
*1 CAS番号は法令では規定しないが、参考として示すもの。なお、構造異性体等が存在する場合、異なるCAS番号が割り振られることがあるが、ラベル表示・SDS交付等の義務対象物質の当否の判断は物質名で行う。
この2つから、次の2点が読めます。
- 収載名の名称欄に書かれていない異性体まで、その行に含まれることがある(凡例※3)
- CAS番号は参考であって、該否の判断は物質名で行う(脚注*1)
名称欄の一致検索も、CAS番号の検索も、当たれば確定・外れても未確定です。外れたときに次に何を見るか——それがこの記事の主題です。
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見落としの3類型
(a) 異性体をまとめた収載名——現行17件
一覧には、複数の異性体を1つの名前でまとめた行があります。目印は備考欄の「アルキル基の異性体を含む。」の一文です。現行の一覧(令和8年4月1日時点施行分)で、この記載が付いた収載名は17件あります。
| 収載名 | CAS RN欄の記載 | SDS交付等に係る裾切値 |
|---|---|---|
| オクタン | 111-65-9 他 | 1% |
| 酢酸ブチル | 123-86-4, 110-19-0, 540-88-5, 105-46-4 | 1% |
| 酢酸プロピル | 109-60-4, 108-21-4 | 1% |
| 酢酸ペンチル(別名酢酸アミル) | 628-63-7, 123-92-2 | 1% |
| トリブチルアミン | 102-82-9 他 | 1% |
| ノナン | 111-84-2 他 | 1% |
| ブタノール | 下記2行のとおり | 下記2行のとおり |
| └ イソブチルアルコール及び1-ブタノール | 78-83-1, 71-36-3 | 1% |
| └ ターシャリ-ブタノール及び2-ブタノール | 75-65-0, 78-92-2 | 0.1% |
| フタル酸ジペンチル | 131-18-0 他 | 0.1% |
| ブタン | 106-97-8 他 | 1% |
| ブチルイソシアネート | 111-36-4 他 | 0.1% |
| ブチルリチウム | 109-72-8 他 | 0.1% |
| プロピルアルコール | 71-23-8, 67-63-0 | 0.1% |
| ヘキサン | 110-54-3 他 | 0.1% |
| ヘプタン | 142-82-5 他 | 1% |
| ペルフルオロノナン酸 | 375-95-1 他 | 0.1% |
| ペンタン | 109-66-0 他 | 1% |
| メチルプロピルケトン | 107-87-9, 563-80-4 | 1% |
見ての通り、溶剤の常連が並びます。SDSの3項に出てくるのは「ノルマルヘキサン」「n-ヘキサン」「イソプロピルアルコール」「酢酸イソブチル」といった呼び方で、一覧の名称欄にはその文字列がありません。名称欄を「イソプロピルアルコール」で検索して出てこないのに現行から義務対象、という実例がIPAの整理です。
「ブタノール」の3行構造は、この類型の中でも特殊なので分けて説明します。一覧の「ブタノール」の行は、CAS RN欄も裾切値の欄も「下記2行のとおり」と書かれており、値は次の2行に分かれています。
- 「イソブチルアルコール及び1-ブタノール」(78-83-1, 71-36-3)——SDS交付等の裾切値 1%
- 「ターシャリ-ブタノール及び2-ブタノール」(75-65-0, 78-92-2)——SDS交付等の裾切値 0.1%
つまり同じ「ブタノール」でも、どの異性体かで裾切値が10倍違います。「ブタノール=1%」で通すと ターシャリ体・2-ブタノールの判定を取りこぼし、「ブタノール=0.1%」で通すと1-ブタノール等を過大に拾います。異性体名まで確定させないと、どちらの向きにも外れる行です。
(b) 括弧書きの別名——書いてある別名しか当たらない
一覧の名称欄には、別名が括弧で併記されている行があります。
- 「酢酸ペンチル(別名酢酸アミル)」——慣用名が併記されている型
- 「フタル酸ビス(2-エチルヘキシル)(別名DEHP)」——略号が併記されている型
- 「プロピルアルコール」——別名の記載がない型
問題は3つ目です。併記されている別名で検索すれば当たりますが、併記されていない呼び方では当たりません。IPAが「イソプロピルアルコール」でも「イソプロパノール」でも「2-プロパノール」でも名称欄に出てこないのは、この行に別名の記載が無く、異性体包括が備考欄側で表現されているためです。
別名検索の結果は「当たれば確定、外れても未確定」——(a)と同じ扱いになります。
(c) 複数CASの併記——自分のCASが「別の名前の行」に入っている
1つの行のCAS RN欄に、複数のCAS番号が併記されていることがあります。上の表の「酢酸ブチル」は 123-86-4, 110-19-0, 540-88-5, 105-46-4 の4つ。このうち 110-19-0 は酢酸イソブチルです。SDSに「酢酸イソブチル」と書かれていても、一覧上は「酢酸ブチル」の行として存在しています。
注意点が2つあります。
- 複数CASの併記=異性体包括、とは限らない。 例えば「フタル酸ジヘキシル」はCAS RN欄が 68515-50-4, 84-75-3, 71850-09-4 の3つですが、備考欄に「アルキル基の異性体を含む」の記載はありません(SDS交付等の裾切値は0.1%)。備考欄の一文の有無は、行ごとに確認する必要があります
- 「他」で終わる行は、列挙が網羅的でない。 「111-65-9他」「110-54-3他」のように書かれた行では、自分の成分のCASが書かれていないことがあります。脚注*1のとおりCAS番号は参考であり、見当たらないことは対象外の根拠になりません
CAS検索で当たらない場合の詰め方は、群名称の行の扱いと共通です(手作業での照合手順と落とし穴)。
手作業で確認する手順
3類型を踏まえると、確認の順番は次のようになります。名称→別名→CAS列→備考→凡例です。
- 成分名で名称欄を検索する。 完全一致で当たれば、その行で確定してかまいません。当たらない場合は次へ進みます(この時点では対象外と決まりません)
- 括弧書きの別名を含めて、部分一致で検索し直す。 「酢酸アミル」「DEHP」のように別名側で当たる行があります。全角・半角、ハイフンの有無、ローマ数字や記号の表記揺れも試します
- CAS RN欄をCAS番号で検索する。 併記された行に自分の成分が入っていることがあります。ヒットした行の名称が成分名と違っても、それが法令上の収載名です
- ヒットした行の備考欄を読む。 「アルキル基の異性体を含む」の記載があるかを確認します。裾切値はSDS交付等の列を使います(ラベル表示の列とは値が異なる行があります)
- 凡例と脚注に戻る。 備考の一文の意味は凡例※3で定義され、CAS番号の位置づけは脚注*1で定義されています。最後は物質名で判断する——ここが順序の終点です
1〜3のどれかで当たれば、その行の裾切値とSDSの含有量を比べます。1〜3のいずれでも当たらないときは、「対象外」ではなく「この手順では確定できなかった」が正しい記録です。群名称の行への該当が残っているためです。
診断ツールではどう出るか
SDScanの無料診断は、収載名の完全一致だけでなく、別名・CAS番号・表記揺れの正規化を通して照合します。上の3類型に対応する実際の判定を挙げます。
| SDSの成分名(例) | CAS | 判定 | 照合先の収載名 | 判定根拠の表示 |
|---|---|---|---|---|
| ノルマルヘキサン | 110-54-3 | 🔴 | ヘキサン | 「CAS番号から法令上の収載名を特定「ヘキサン」」「裾切値0.1%以上→対象」 |
| 酢酸イソブチル | 110-19-0 | 🔴 | 酢酸ブチル | 「CAS番号から法令上の収載名を特定「酢酸ブチル」」「裾切値1%以上→対象」 |
| イソプロピルアルコール | 67-63-0 | 🔴 | プロピルアルコール | 「裾切値0.1%以上→対象」 |
いずれも、名称欄をその名前で検索しても出てこない成分です(含有量が裾切値以上の場合の判定例)。
なお🟢は「現行リストに一致する行が見つからなかった」という意味で、群名称の行への該当は要確認として残ります。🟢を「対象外の証明」として扱わない運用が前提です。
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よくある質問
Q. SDSの成分名で検索して出てこなければ対象外? A. いいえ。(a)異性体をまとめた収載名 (b)括弧書きの別名 (c)複数CASの併記——3類型のいずれかで、別の名前の行に入っていることがあります。
Q. CAS番号で検索すれば確実? A. 手がかりにはなりますが、脚注*1のとおりCASは参考で、該否は物質名で判断します。CAS RN欄が「他」で終わる行もあり、見当たらないことは対象外の根拠になりません。
Q. 「アルキル基の異性体を含む」はどこまで含む? A. 凡例※3の定義どおり、この記載がある行は異性体を含み、記載がない行は接頭辞が無ければ直鎖のみを指します。個々の成分の帰属の最終判断は、貴社の化学物質管理者または有資格の専門家にご確認ください。
まとめ
- 一覧で見つからないことは、対象外の根拠にならない。凡例※3と脚注*1が、名称欄の検索だけでは決まらない構造を明記している
- 見落としは3類型——異性体をまとめた収載名(現行17件)・括弧書きの別名・複数CASの併記
- 「ブタノール」は異性体で裾切値が1%と0.1%に分かれる。異性体名まで確定させないと、どちらの向きにも外れる
- 確認は名称→別名→CAS列→備考→凡例の順。当たらなかったときの記録は「対象外」ではなく「確定できなかった」
- 全物質は検索できる一覧でも確認できます
参考(一次情報)
- 厚生労働省「労働安全衛生法に基づくラベル表示・SDS交付等の義務対象物質一覧」令和8年4月1日時点施行分——凡例※3・脚注*1、名称「ブタノール」「酢酸ブチル」「酢酸ペンチル(別名酢酸アミル)」「プロピルアルコール」「フタル酸ジヘキシル」等の各行(名称・CAS RN欄・SDS交付等に係る裾切値・備考)
- 厚生労働省「職場のあんぜんサイト」:表示・通知対象物質の一覧・検索
※本記事は情報提供であり、法令適合を保証するものではありません。収載名・裾切値・備考の記載は一次資料でご確認いただき、自社の成分がどの行に該当するかの最終判断は、貴社の化学物質管理者または有資格の専門家にご確認ください。
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